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2011.07.06 (Wed)

アニメの文法の話(1)

今日は雑談です。
僕自身は最近は機会がないのですが、
マンガ原作をアニメ化する機会は、ひと頃よりも減ったとはいえ、まだまだ多いだろうと思います。

いろいろな意見があると思いますが…、
僕にとっては、マンガ原作のコンテは、
小説原作であったり、オリジナルであったりよりも、ハードルの高いものです。

それはなぜかと言いますと…、
完成度の高いマンガ原作ほど、一見、
マンガのコマを順番に並べれば、それですむように思われるかもしれませんが、
実はこれが罠で、まったくうまくいかないコンテの典型なのです。

実は、完成度の高いマンガ原作であればあるほど、
そこには明確な、そのマンガならではの文法が存在していて、
それが、映像の文法の設計図たる、コンテ作業の前に立ちはだかるのです。

大好きなマンガ原作の、原作のコマにそっくりな絵づらが続くのに、
どうしてか、マンガとアニメが違って感じられる…、マンガの読後感とアニメの視聴感が近しくならない――ということがよくあります。
それは大概――、
マンガならではの文法を、アニメに置き換えそこなっているか、
そのアニメが独自の文法を持っているのに、なまじマンガの完成度が高すぎる為に、
マンガの文法が、まるでノイズのように、コンテ作業にに介入してしまうからです。

たとえば…、ほんの一例ですが、
マンガでよくある構図として、多人数を俯瞰でとらえた引きサイズの構図がありますね。
これは、マンガではまったく問題ありませんが、アニメではたいがい良くない構図です。

なぜかと言いますと、
アニメでは、同時に一つの画面しか映し出されない為、
そうした構図をとると、いったいそのシーンが誰の視点なのかわからなくなる。
神の視点になってしまい、結果的に、非常に客観的な説明の印象を与える。
ところが、次のカットではまた、キャラクターのアップに切り替わり、
見ている側からは視点の移動の根拠がわからず、
映像が、見ている側の感情をどのようにコントロールしたいのか、理解できずついていけない――ということになります。

それがなぜ、マンガでは問題ないかといえば、
マンガはむしろ、同時にいくつものコマが眼に入るのを前提にしたメディアだということです。
だから、そのようにページもレイアウトされている。
コマが大きくなったり小さくなったり、同時に目に入るものにはメリハリをつけるべきであり、逆にコマの間を絵がぶち抜くこともある。

俯瞰の引きショットで状況を説明しつつ、キャラクターの感情をクローズアップで同時に拾うことは、
アニメで無理やり実行しようとすれば画面分割になるのでしょうが、マンガでは全然ありえます。
いやむしろ、それは普通の構成です。

同ポジの切り返しばかりが同一ページにあるような構成があれば、マンガではむしろ異様であり、特殊な演出意図をねらったものになるでしょう。
さまざまな視点・アングルを同一ページに混在させることで、マンガでは一つの状況を立ち上げ、時間軸を確立しているのです。
ところがアニメではそうはいかない。

そうした、マンガの文法に対して――、
それを読んだ読者の読後感に近しい感覚を、アニメを見ることで提供する為には、アニメはどのような文法をとれば良いのか――、
演出家は智恵を絞ることになります。

この項、もう少し続けます。
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