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2011.09.18 (Sun)

アニメの文法の話(3)

Monster (1) (ビッグコミックス)Monster (1) (ビッグコミックス)
(1995/06)
浦沢 直樹

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具体的に、どう原作を演出的に扱っていったかという話は、
とてもとても長くなってしまいますので、またいつか機会があれば…。

原作の当該話数の魅力を、映像表現として伝える上で、
当時の僕が、
演出的にもっとも効果的であると信じる方法を積み重ねていった結果、ただ、自然とそうなりました。

映像の演出とは、極論すれば「流れ」をコントロールする仕事であると言えます。
流れとは、小さいものからビート、リズム、抑揚、緩急、構成、などに分類できると考えています。

いきなりこんな持論を、結論から言ってもあれですが…(汗)、
とりあえず今は、僕がそう考えているということで。

ふつうに観賞する上では、一時停止したり巻き戻したりしないという意味だけでも、
映像は、音楽にもっとも良く似ています。

ページを開いた時に、すべてのコマが眼に入ってくるマンガでは、
その見開き2ページごとに、一つのハーモニーを構成する必要があります。
しかし映像はそうではない。

映像の中で1秒の時間は、見る人にとっても1秒であり、
映像は、マンガよりもずっと音楽に近いと言えます。

そうしたメディアの違いを超えて、原作がもっている流れの魅力――。

ひとことで言えば、僕の演出話数は、
その原作の「流れ」の再現度が高いのだと自負しています。
少なくともそれを目指して仕事しています。


ただ一点、
MONSTER で、原作のコマをあえて使ったのは、
原作で、グリマーさんが怒りを爆発させる当該カットは、見開き2ページを全面に使った、大ゴマだったということ。
そして原作じたいも、まさにその大ゴマに向かって、マンガ的に完璧に演出されていたということ。

以上の結果、
この話数をマンガで読んだ人のすべてに、
グリマーさんが大ゴマで絶叫するマンガの絵は、深く深く、確実に印象に残ったはずです。
それを再現するには、この絵しかありえなかったし、
映像の演出の必然もまた、そこに向かうべきでした。

だからここだけは、
このコマに向かう逆算で、カットを構成しているのです。

途中でそう決めたのではなく、
コンテの1カット目を描く時から、それは決めてからでなければ、描き出せない部分であり、
だからこそ、かえって大変な、演出が智恵を絞らなければならない箇所だったと言えます。

ゴールは一緒でも、映像とマンガでは演出の手法が違うので、
実際に僕は、ミニマムな単位ではその直前にスローモーションのカットバックを配するなど、その後のグリマーさんの「怒り」の時間を際立たせる為の布石をし、
テレビのフレームはマンガのように大きくなったりしないので、当該カットもPANしながら3回(4回だっけ?)寄ったりしています。

それ以上に、そこまでの映像のすべてが、ただその一点に集約していくように、演出的に計算していくのが、
大変に骨の折れる、仕事になるのです。
だからマンガ原作のコンテは大変なんですね…。

前回の稿で、
もう2箇所、原作に近いコマを使ったかもしれないと書いたのは、
それらも、グリマーさんの怒りほどでなくても、原作の絵が強烈に残るシーンだったので、
逆算して生かしたような気がしたのです。

ただラストカットに関しては、
カメラの高さだけは確実に下げた、というような記憶があります。


もういっぺん稿をあらためます。
長いなあ……そうなる気がしたんだけど(汗)
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