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2011.11.09 (Wed)

パースの話

イメージの地平線―透視図の着想と展開イメージの地平線―透視図の着想と展開
(1998/07/16)
中村 勝彦

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アニメにおいて、レイアウトをどのような発想でとるべきか、
意外に答えは一つではありません。

さらっと上のように書きましたが…、
掘り下げていくと、実はどこまでも果てしなく掘り下がる話題でして…(汗)
ここではカメラやレンズの話、あるいはアートとして、あるいはイラストレーションとしての、レイアウトのあり方の話や平面構成は除外して、
パース(=perspective)の話だけを、
さらっと気ままに、してみたいと思います。


僕はパースが好きでして。
好きになったきっかけが上の本なので、こうした話題が出るたびに、だいたいどの方にもおすすめしています。

perspective=透視図法が、多くの人に苦手意識を与えるのは、
本を読んで、その理屈はわかったけれども、
実際にその理屈を運用して書かれたレイアウトは美しくない(笑)……というところに、だいたいはあるのじゃないでしょうか。

僕にとっては、それをくつがえしてくれた美しい本が、上の本です。
パースは美しいものであると。


アニメの仕事をしている人でも、たまに知らない場合がありますが、
写真のパースと、透視図法のパースは全然違うものです。

僕が写真をレイアウトのベースにすることに抵抗があるのも、これも一つの理由です。
写真のパースで描かれた絵は、どう描いても、僕には写真に見えます。

アニメが perspective を重視する理由は、
画面の中で、キャラクターを破綻せずに動かすのに最適だからで、
(動かす、ということを無視していいアートやイラストレーションには、その自由さがあるわけですが)

それならば、写真のパースで絵を描いても、透視図法で描いても、どちらでも良いわけで。
しかも、あえてこういう言い方をすれば、
写真のパースと比べて、透視図法のパースは、
実際の人間の見え方として不自然であり、ナチュラルではありません。

人間の目に見える現実の世界に、消失点は存在しません。
直進するパースもまた存在しません。
厳密な意味での直線は存在せず、曲線だけで構成されています。
そうしたことは写真のほうが「リアル」にとらえている。

だから、透視図法を、
世界を正確に再現する為の道具であると考えるのは、大いなる誤解であって、
はっきり、嘘をつくための道具でると考えるべきだと思います。

それなのに、
僕がなぜ透視図法でレイアウトのパースをとりたいかと言えば、
そのほうが美しいからです。
嘘がゆえに、美しい。


この本の中に、
「斜角焦点は流星か?」
という言葉が出てきて、僕はこの言葉が大好きでして。

そんなにもパースにロマンを感じながら語りすぎると、
ときどき、話し相手をドン引きさせたりしまったりするわけですが…(笑)

画面内に無数に存在する消失点は、星であり、
その星が引く流星の尾がパースであり、
それらの織りなすハーモニーの、平面構成の美しさが、
二次元で描かれた絵のレイアウトの、美しさの一つの要素であると考えています。

もちろんですが、画面中がグリッド線のように、
パースを感じる「流星」で埋め尽くされていたら、
うるさいことこの上なくて…。

あくまで、パースを感じる要素を、画面の中にどのような重心とバランスで、部分的に配置していくか。
これはもう、平面構成上の問題になると思いますが。

画面の中で部分的に逆パースになったり、
透視図法の理屈上、画面の端のほうでは、人間の目のリアルな見え方からかけ離れてしまった部分があったとしても、
それらも含めて、「美しいレイアウト」であると感じさせる絵を描くのが、
透視図法でレイアウトを描く、醍醐味であると言って良いのではないでしょうか。


こうした哲学には、とうぜん別の意見もあると思いますが、
僕は僕なりに自分の考えを、折にふれてまとめていければと思っています。


アニメの仕事をする上で、
隠すべき職業上の秘密があると思うのは、だいたいにおいて初心者の幻想で。
この仕事は、一見どんなに複雑そうだったり高度に見えることでも、
非常に基礎的で、基本的なことのコンビネーションで出来上がっているというのが、僕の考えです。

アニメの仕事をはじめたばかりの人が、
僕の考えから、何か自分なりに考えるきっかけをつかんだり、思ったり感じたりしたことがあれば、
それが僕にとって一番うれしいことです。
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